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大窪 詩仏 の 『雲』

日本の絶句
02 /20 2015
続絶句編 250

  2015年2月20日  『続絶句編』 43ページ

        大窪 詩仏

 霧に 似 煙に 似 還 雨に 似たり
 霏々 漠々 更に 紛々 
 須臾にして 風 起こって 吹き 将ち去り
 去って 前山 一帯の 雲と 作る


   くも       おおくぼ しぶつ
きりに に けむりに に また あめに にたり
ひひ ばくばく さらに ふんぷん 
しゅゆにして かぜ おこって ふき もちさり
さって ぜんざん いったいの くもと なる



テキストの通釈によると、
 ≪雲のようでもあり、煙のようでもあり、また、雨のようでもある。
 ちらちらと、また、いっぱいに広がり、さらに乱れて立ち込める。 
 しばらくして、一陣の風が吹いて、この物を持ち去った後には、
 前山一帯の雲となって棚引いている。≫

 ・・・とのことです。

★入会して二回目の夏季温習会でした。
 先生のお話と、日立市の歴史点描 こちら によると、
  大窪詩仏は、1767年、常陸国に生まれた。
  父宗春は医を業とし、詩仏はその長男。
  詩仏は少年期を大久保村ですごし、やがて
  父のいる江戸に出て医術と詩を学ぶが、
  父が亡くなってからは詩作に専念する。
  寛政5年(1793)に第一詩集『卜居集』を上梓。
  詩仏の詩と書、および詩に添えられる
  竹の画は 江戸時代の人々に愛され、
  天保8年(1837)江戸にて歿す。享年71才。


また、大窪詩仏の詩と書をあじわう に よると、
  「雲」 は、文化6年(1870)、詩仏44歳の作で、
  『詩聖堂詩集二編』巻一に収められている。
  6月27日、高輪を出発、途中、金沢に一泊して
  箱根の芦の湯に到り東光庵に滞在。
  詩仏が24歳の頃から学問の師としていた
  北山の子の緑陰に誘われた旅で、同行者には、
  奚疑塾関係者や百年・淡斎・君鳳・武清など8人。
  詩仏は既にその年の1月に『詩聖堂詩集初編』を刊行していて、
  江戸の詩壇に揺るぎない地位を確立していた。
  この折の清遊の記念碑が今も残っている。
  詩仏はこの詩を愛していて、よく揮毫に用いている。

  ・・・とのことです。




 

     




    
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