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高 適 の 『 董大に別る 』

中国の絶句
06 /23 2017
続絶句編 250  
 2017年6月23日 続絶句編 137ページ

   董大に 別る   高 適
 十里 黄雲 白日 曛し 
 北風 雁を 吹いて 雪 紛々
 愁うる 莫かれ 前路 知己 無きを 
 天下 誰人か 君を 知らざらん

    とうだいに わかる
  こう せき
じゅうり こううん はくじつ くらし
ほくふう かりを ふいて ゆき ふんぷん
うれうる なかれ ぜんろ ちき なきを
てんか たれびとか きみを しらざらん


テキストの通釈によると、
十里四方に、たそがれどきの雲が垂れこめ、
太陽の光も薄暗い。北風は、南に飛ぶ雁を
吹き飛ばし、雪がしきりに降りしきる。
旅先には、誰も知己がいないなどと心配しなさるな。
天下のいたるところ、君のことを
知らないものはいないのだから・・・


先生のお話によると、
高 適(696又は707~765) は、盛唐の詩人で、
辺塞詩が多い。この詩は絶句編111ページ 王維の
『元二の安西に使いするを送る』とともに
代表的な送別詩として知られている。

若い頃は、博徒と一緒に遍歴したり、
10数年間、戦いにいったりして、
吐蕃(どばん・古代チベット)とも戦っている。
この詩は、まだ出世していない頃、
辺境に従軍していた時のものであろう。
50才の頃に高級官僚(有道科)になる。
50才を過ぎて本格的に漢詩を作るようになり
李白とも親しくなって、学んだりした。

董 大 は、琴の名手の 董 庭蘭であるという。
   ≪大≫は、排行で一番目の男。
黄 雲 は、たそがれ(黄昏)どきの雲。
   黄 雲 に 対して 青 雲 がある。
白 日 は、真昼の太陽。
紛 々 は、多くのものが入り乱れるさま。
知 己 は、親友。





  【 中国の絶句 】
 李 白 の 『廬山の瀑布を望む 』 







李 白 の 『廬山の瀑布を望む』

中国の絶句
06 /16 2017
続絶句編 250  
 2017年6月16日 続絶句編 136ページ

   廬山の瀑布を望む   李 白
 日は 香炉を 照らして 紫烟を 生ず 
 遥かに 看る 瀑布の 長川を 挂くるを
 飛流 直下 三千尺 
 疑うらくは 是れ 銀河の 九天より 落つるかと

    ろざんの ばくふを のぞむ
  り はく
ひは こうろを てらして しえんを しょうず
はるかに みる ばくふの ちょうせんを かくるを
ひりゅう ちょっか さんぜんじゃく
うたごうらくは これ ぎんがの きゅうてんより おつるかと


テキストの通釈によると、
太陽が香炉峰を燦々と照らしている。
その香炉峰は紫色に霞んでいて美しい。
遥かかなたに大きな滝が、長い川を立て
掛けたように流れ落ちているのが見える。
その滝は、飛ぶようにまっすぐ三千尺も流れ落ちている。
まるでそれは、天の川が天空から落ちているようだ。


先生のお話によると、
この詩は、李白が56才の頃に作られた。
金陵(南京)に住んでいた李白は、安禄山の乱を逃れて
船で長江をさかのぼり、九江から鄱陽湖に入り、
船を降りて待望の廬山のふもとに着いた。
久し振りにのびのびとした気分になり、
どこかに安住の地を求めようと考えていた時
永王璘(玄宗皇帝の第16皇子) に 誘われ、
安録山の乱に参画し、囚われてしまった。

洞庭湖に遊ぶ の 少し前の作である。

廬 山 は、江西省九江県の南にある山。
   景色の良いところで、多くの峰や滝がある。
香 炉 は、廬山の東南にある峰。南香炉峰をさす。
   峰の形が香炉に似ているところからこの名がある。
紫 烟 は、山の気が日光に映じて、紫色に霞んでいること。
   ≪烟≫は、香炉の縁語となっている。
挂長川 は、落花する滝が、川を立て掛けたように見えること。
三千尺 は、非常に長いことをいう。実数ではない。
疑 是 は、~かと見まごうばかり。
九 天 は、九は最高の数で、天の最も高いところ。





  【 中国の絶句 】
 李 白 の 『 山中問答 』 







第57回 全朗協 『吟と舞の集い』

全朗協『吟と舞の集い』
06 /11 2017
平成29(2017)年6月11日(日) 10時~17時半
江戸川区総合文化センターにて
全国朗吟文化協会主催による
第57回 全朗協 『吟と舞の集い』 が ありました。

第一部(合吟の部)があり、

第二部(独吟その一)では、
 11、富士山
 28、春日家に還る 
 21、絶命の詞
 25、楠公を詠ず
 27、長 城
 36、熊本城 
 40、子規を聞く
 43、感有り

◆式典

第三部(会長・副会長・副理事長・地区代表者吟詠)で
 57、芳野に遊ぶ 松岡萠洲先生

第四部(剣詩舞)

第五部(歌謡吟詠)
 
第六部(独吟その二)
  75、九段の桜
  81、汪倫に贈る
  81、春を探る

第七部(各会派推薦吟詠)

構成吟 詩吟と舞で綴る
 ≪日本紀行(その一) 沖縄・九州編≫
   9、阿蘇山

第八部(少壮吟士吟詠)

 以上、萠洲流から13名の参加がありました。

         

私にとっては 昨年 に続いて2回目の参加で、
正岡子規の『春日家に還る』でした。
今年も、帰りには、参加した女性人たちに花束を
いただきましたが、運営費をやりくりして下さった
役員の皆さまのお心遣いを嬉しく思いました。

 


      【全朗協】
  第56回 全朗協 『吟と舞の集い』







李 白 の 『 山中問答 』

中国の絶句
06 /09 2017
続絶句編 250  
 2017年6月9日 続絶句編 135ページ

   山中問答   李 白
 余に 問う 何の 意あってか 碧山に 棲むと 
 笑って 答えず 心 自から 閑なり
 桃花 流水 杳然として 去る
 別に 天地の 人間に 非ざる 有り

    さんちゅうもんどう
  り はく
よに とう なんの い あってか へきざんに すむと
わらって こたえず こころ おのずから かんなり
とうか りゅうすい ようぜんとして さる
べつに てんちの じんかんに あらざる あり


テキストの通釈によると、
ある人が、私にどんな気持で緑深い山に住むのかと聞く。
だが私は、そんな問いには笑って答えない。
私の心はのどかである。
流れに散って浮かぶ桃の花が、遥かに流れ去っていくが、
ここは、俗世間と違う別世界なのである。


先生のお話によると、この詩は、
李白が53才、または36才の時の作かはっきりしていない。
李白は、若い頃から仙人にあこがれていたが、
最後まで、隠者にも仙人にもなれず、
俗世間の中で死んでいった。けれども、後世には
≪詩仙≫と呼ばれるようになった。

桃花流水とは、流れに散って浮かぶ桃の花をさし、
理想郷のシンボル・桃源郷を暗示している。

田園詩人といわれた 陶淵明は、
40代で役人をやめて故郷に帰り、
427年に没しているが、
『桃花源記』の中で、俗世間を離れた
別天地として≪桃源郷≫について述べている。






  【 中国の絶句 】
 李 白 の 『越中覧古』 







 詩吟もえ子

お稽古に参加して七年目です。
皆さまもご一緒にいかがですか?