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高 駢 の 『 山亭夏日 』

中国の絶句
11 /17 2017
続絶句編 250  
 2017年11月17日 続絶句編 156ページ

  山亭夏日   高 駢
 緑樹 陰 濃かにして 夏日 長し
 楼台 影を 倒まにして 池塘に 入る
 水晶の 簾 動いて 微風 起こる
 一架の 薔薇 満院 香し


 さんてい かじつ     こう べん
りょくじゅ かげ こまやかにして かじつ ながし
ろうだい かげを さかしまにして ちとうに いる
すいしょうの れん うごいて びふう おこる
いっかの しょうび まんいん かんばし

◆テキストの通釈によると、
緑の木々が濃い木陰をつくり、
照り映える夏の日はひときわ長い。
水際の高殿が澄みきった池の水面に
さかさまに映っている。美しい水晶のすだれが
かすかに揺れて、そよ風が吹きはじめ、
棚いっぱいのバラの花の香りが、
庭の隅々にまで漂っている

    ・・・とのことです。

先生のお話によると、    
高 駢(821~887))は、晩唐の武人・詩人。
河北省・北京(当時は幽州)の武門の
ほまれ高い家に生まれ、弓の名手でもあった。
安南(ベトナム) 渤海郡王となる。
唐が滅びるにいたった黄巣の乱をめぐって
野心をめぐらすが、それが疑われ、
実権を奪われ、殺されてしまった。

この詩は、晩唐の時代には珍しく夏の詩であり、
  目で見る涼しさ
  耳で聴く涼しさ
  香りで感じる涼しさ、を表現している
 
         

山 亭 : 山の別荘。山荘。
 濃  : 輪郭がくっきりとして色の濃いこと。
楼 台 : 高殿。
水晶簾 : 水晶の飾りのある立派なすだれ。
池 塘 : 池。
一 架 : 棚いっぱいの。
薔 薇 : バラ。荊棘。
満 院 : 『院』は中庭。中庭いっぱいに
            ・・・とのことです。    


また、こちら に よると、
高駢は・・・学問に優れていたばかりでなく、武芸にも秀でていたという。しかし、唐の末期という衰亡と混乱の時代が不運だったのか、志を得ないまま、部下によって謀殺された。
そんな詩人の悲運を、この詩から窺う由もない。ここはただ、山荘で夏を過ごす作者が、暑さのなかの涼感をどのように描写したかという文学の妙を味わえばよいだろう。
木々の梢が緑の色を一層濃くしているとは、それだけ夏の日差しが強く、長いから、ということになる。視覚的情景だけを描写して、その要因は何かを読者に想像させるところがいい。
第3句目の「簾がかすかに動いて、そよ風が吹いた」という表現も、なかなか心にくい。順序にしたがえば、風が吹いて簾が動く、というべきところであろう。しかし私たちの経験上、風鈴の涼やかな音を聞いて、その後に「風」を感じることもあるのではないか。水晶の玉飾りがついた簾ならば、視覚だけでなく、聴覚的な涼感も期待できる。
そして結句では、その風が運んでくるバラの芳香が中庭いっぱいに満ちるというように、嗅覚にあずけて詩の余韻を残す。漢詩が、こまやかな物語も描けることの好例であろう
   ・・・とのことです。





  【 中国の絶句 】
 趙 嘏 の 『江楼にて感を書す』







趙 嘏 の 『江楼にて感を書す』

中国の絶句
11 /10 2017
続絶句編 250  
 2017年11月10日 続絶句編 155ページ

  江楼にて感を書す   趙 嘏
 独り 江楼に 上れば 思い 渺然たり
 月光 水の 如く 水 天に 連なる
 同に 来って 月を 翫びし 人は 何処ぞ
 風景 依稀として 去年に 似たり


 こうろうにて かんを しょす     ちょうか
ひとり こうろうに のぼれば おもい びょうぜんたり
げっこう みずの ごとく みず てんに つらなる
ともに きたって つきを もてあそびし ひとは いずこぞ
ふうけい いきとして きょねんに にたり

◆テキストの通釈によると、
ただ一人、川辺の楼に登れば、
思いは果てしもなく広がる。
月光は水のように澄みわたり、
水は天に連なって流れている。
ともに来て、月を見て楽しんだ人は、
今、どこに行ったのか。風景だけは、
そっくり去年のままに見えるのに

    ・・・とのことです。

先生のお話によると、    
趙 嘏(815~?)は、晩唐の詩人。
山陽・江蘇省淮安の出身。字は承祐。
844年30才頃、進士に合格。
詩人としては評判が良かったが官職は上がらなかった。
855年頃に、渭南(陝西省)の尉となり、
文名は高まったが、官位は昇らなかった。

月を見て楽しんだ≪人≫は、『唐才子伝』の中に出てくる。
趙 嘏が、科挙の試験を受けるために、浙西(浙江省の西)
潤州を離れているうちに、浙西節度使(地方軍司令官)
盧簡辞(ろかんじ)に女性を奪われてしまった。
翌年、進士になって故郷に帰ろうとし、その事を知り
作った詩を見た盧簡辞が、女性を趙嘏に返した。
ところが、河南省・横水で二人は廻り会えたが、
その二日後、女性が亡くなってしまった。
この詩は、高殿に上って亡き人を偲んで作られた。

         

江 楼 : 川べりの高殿。
渺 然 : 遥かなさま。果てしないこと。
翫 月 : 月を賞し楽しむこと。
   翫=心ゆくまで楽しむ。≪習≫=くり返す
依 稀 : 彷彿たる(思い浮かべる)こと。よく似ているさま
            ・・・とのことです。    




  【 中国の絶句 】
 宇 武陵 の 『 酒を勧む 』







東村山市民吟詠大会、3回目の参加

市民吟詠大会
11 /05 2017
今年は11月5日に東村山市吟詠連盟主管による
第47回 市民吟詠大会 があり、3回目の参加をしました。

わが吟詠萠洲流からは、会員吟詠49番までのうち
  1番、九月十三夜陣中の作
  3番、夜墨水を下る
  4番、折楊柳
  6番、九月十三夜陣中の作
  9番、新涼書を読む
 11番、静夜思
 14番、母を奉じて嵐山に遊ぶ
 18番、時に憩う
 26番、八陣の図
 34番、重ねて風楓に宿す
 41番、雪 梅

★ 副理事長吟詠
 46番、秋 思  松岡萠洲 先生
  以上、12名が参加しました。

私は、この日 と 同じで、4番、折楊柳 でした。
出場する前に言葉を忘れてしまうことのないよう、
練習用のコピーを眺めていて、出場する時には
おまじない代わりに着物の袂に入れておきました。



   【市民吟詠大会】

東村山市民吟詠大会、二回目の参加





  
 

 詩吟もえ子

お稽古に参加して七年目です。
皆さまもご一緒にいかがですか?