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安積 艮斎 の 『 墨水 秋夕 』

日本の律詩
12 /07 2018
 墨水 秋夕    安積 艮齋

霜 落ちて 滄江 秋水 清し
醉余 杖に 扶けられて 吟情を 寄す
黄蘆 半ば 老いて 風に 力 無く
白雁 高く 飛んで 月に 声 有り
松下の 燈光 孤廟 静かに
煙中の 人語 一船 行く
雲山 未だ 遂げず 平生の 志
此の処 聊か 応に 我が 纓を 濯うべし



  ぼくすい しゅうせき    あさか ごんさい

しも おちて そうこう しゅうすい きよし
すいよ つえに たすけられて ぎんじょうを よす
こうろ なかば おいて かぜに ちから なく
はくがん たかく とんで つきに こえ あり
しょうかの とうこう こびょう しずかに
えんちゅうの じんご いっせん ゆく
うんざん いまだ とげず へいぜいの こころざし
このところ いささか まさに わが えいを あろうべし


先生のお話によると、
江戸時代末期、二本松藩(現・郡山市)の儒学者。
『安積』は地名で、『艮斎』は号、本名は、安藤重信。
父は、二本松藩にある安積国造(あさかくにつこ)神社の
55代宮司・安藤親重の三男で、旧家の生まれである。

17才で江戸に出て佐藤一斎、林述斎らに学ぶ。
24才、神田駿河台に私塾
     ≪見山楼≫(富士山が見える熟)を開く。
53才、二本松藩校≪敬学館≫の教授になる。
60才、昌平黌教授となり、やむなく?江戸暮らしとなる。
  本当は地元でのんびり過ごしたかったのであろう。
  この詩にはその思いの一端がにじみ出ている。
70才、江戸にて亡くなる。

※ 安積 艮斎(1791~1861)については、
  こちら でも ご覧いただけます。

       ◆  ◆  ◆

   詩の意味は、
秋が深まって霜が降り、青々とした隅田川の流れは清く澄んでいる。
ほろ酔い気分で、ひとり杖を手に出かけると、詩情がわいてきた。

 墨水秋夕 = 隅田川べりの晩秋の夕景を見て感じたこと。
 滄 江 = 青々とした広い川、ここでは隅田川のこと。 
 醉 余 = 酒に酔ったあと。
 吟 情 = 詩心・詩情にひたる。
         詩を作りたい気分になる。

芦(あし)の葉も黄ばんで、半ば枯れて、吹く風にもなんとなく力が無い。
折しも白い雁が空高く飛んでいき、鳴く声を見やれば
まるでその声が月の中から聞こえてくるようである。
 
 黄 蘆 = 枯れかけて黄色っぽくなった芦。
     ※ 黄蘆の黄 と 白雁の白 は 色の対句 

松林に囲まれ、ぽつんと立つた神社の祠には、
ほのかな灯火の光があり、静かなたたずまいを見せている。
うす靄の立ちこめる中には人の話し声が聞こえて
一隻の船が過ぎて行くのがわかる。
 
 孤 廟 = ぽつんと立つ廟。ここでは、墨田区向島にある
     白鬚(しらひげ)神社(七福神のひとり、寿老神を祀っている)
     のことであろうと言われている。      
 
早く故郷に帰って、のんびり清廉に生きたいという思いは
未だに遂げられず、あくせくして過ごしている日々である。
せめて、この隅田川の清流で、汚れてしまっている冠の紐でも
洗い垢でも落として、心をも清め、のんびりすることにしよう。
 
 雲 山 = ここでが宮仕いを離れて、のんびり
     静かに生きたいという思いをあらわしている。
  聊  =  ちょっぴり
  応  =  まさに・・・べし、ここでは「せめて・・・したい」

    ・・・ とのことです。 


    


     【日本の律詩】
   広瀬 淡窓 の 『 筑前城下の作 』












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