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駱 賓王 の 『 易水送別 』

中国の絶句
02 /23 2019
絶句編テキスト

2019年2月23日 絶句編 103ページ  

   易水 送別      駱 賓王 
此の 地 燕 丹に 別る
壮士 髪 冠を 衝く
昔時 人 已に 没し
今日 水 猶 寒し
   
 えきすい そうべつ    らく ひんのう
この ち えん たんに わかる
そうし はつ かんむりを つく
せきじ ひと すでに ぼっし
こんにち みず なお さむし


テキストの通釈によると、
ここ易水のほとりで、昔、
荊軻(けいか)は燕の太子・丹と別れたが、
その時「風蕭々(しょうしょう)として易水寒し。
壮士 一たび去って復(また)還らず」と歌い、
人々は皆、目を瞋(いか)らし、髪の毛は逆立って
冠をつくほどの勢いであった。
さて、その当時の人々はもはやなく、我々の前には
ただ、易水だけが今もなお昔のように、つめたく流れている
 
     ・・・とのことです。

先生のお話によると、
駱 賓王(640?~684)は、初唐の詩人で、
婺州義烏(ぶしゅうぎう・浙江省義烏県)の人。
王勃(おうぼつ)、楊炯(ようけい)、盧照鄰(ろしょうりん)
とともに「初唐の四傑」の一人である。

則天武后に反乱を起こした徐敬業(じょけいぎょう)の幕僚となり、
敗れたあと、行方不明となる。

易 水 : 河北省易県に源を発する川。
     東南に流れて渤海湾(ぼっかいわん)に注ぐ。
燕 丹 : 燕の国の太子・丹をいう。丹が人質として
     秦の国に行ったところ、秦王(後の始皇帝)の処遇が
     ひどかったので、これを恨み、秦王の暗殺を荊軻に依頼する。
壮 士 : 荊軻とする説と、荊軻を送る人々とする説がある。
     前者は、荊軻の詩「壮士一たび去って復還らず」に
     主眼をおき、後者は『史記』『戦国策』の「士皆目を瞋らし、
     髪冠を指す」に基づく。ここでは両者を合わせる形で、
     荊軻をはじめその場に居た人々の意とする。     
髪冠衝 : 怒った時の形容。「怒髪冠を指す」も同義語である。   
 寒  : つめたい。

★ 暗殺を依頼されて旅発つ荊軻を、人々は喪服を着て
  易水のほとりまで見送ったとのこと。
★ この詩は、史実をもとに歌った『詠史』である
     ・・・ とのことです。


   

    【 中国の絶句 】
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