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地域のコンクール、五回目の参加

コンクール
03 /17 2019
3月17日(日) 地域のコンクールがありました。
北多摩二区吟剣詩舞道連盟 《吟詠コンクール大会》です。

平成31年度の指定吟題は次の10句です。
 感有り       山崎 闇斎
 楠公子に訣るるの図に題す   頼 山陽
 春簾雨窓      頼 鷗厓
 黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る  李白
 烏江亭に題す    杜牧
 海に泛ぶ     王 守仁
 暁に発す    月田 蒙斎
 落 花      徳富 蘇峰
 山亭夏日       高 駢
 梅 花        王 安石    


わが萠洲流からは次の8名が参加、7名が受賞しました。

 (19番 山亭夏日  風邪のため欠場)
 33番 烏江亭に題す      奨励賞
 44番 楠公子に訣るるの図に題す  入賞    
 50番 楠公子に訣るるの図に題す  入賞
 65番 落 花       入賞  
 72番 春簾雨窓      入賞
 74番 暁に発す  
 88番 落 花       入賞
 91番 山亭夏日      入賞
 
私は、 74番 『暁に発す』 でした。
受賞しなかったのは、昨年に続いて私だけでした。



 

    【コンクール】
  地域のコンクール、四回目の参加




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王 勃 の 『 蜀中九日 』

中国の絶句
03 /16 2019
絶句編テキスト
2019年3月16日 絶句編 104ページ  

   蜀中九日      王 勃 
 九月 九日 望郷台
 他席 他郷 客を 送るの 杯
 人情 已に 厭う 南中の 苦
 鴻雁 那ぞ 北地より 来る

   
 しょくちゅうきゅうじつ    おう ぼつ
くがつ ここのか ぼうきょうだい
たせき たきょう かくを おくるの はい
にんじょう すでに いとう なんちゅうの く
こうがん なんぞ ほくちより きたる

テキストの通釈によると、
九月九日の重陽の節句に、故郷をしのんで
望郷台に登り、他郷において、よその宴席で
友の旅立ちを送る杯を酌みかわす。
私の心はもう蜀の地での暮らしの憂さに、つくづく
嫌気がさしているのに、なぜあの雁は、わざわざ
北の地を捨ててこちらへ飛んでくるのだろう
 
     ・・・とのことです。

先生のお話によると、
王 勃(649‐676)は、初唐の詩人。
楊炯(ようけい)(650‐695?)、盧照鄰(ろしようりん)
(637‐689)、駱賓王(らくひんのう)(640?‐684?)ら
とともに、初唐詩人の四傑と言われた。
18才で進士に合格し、高級官僚になったが、
政府を批判する檄文を書いたために、四川に
左遷されたのか、それとも自ら旅をしたのか
不明ではあるが、その時に書いた詩で、
20代半ばの作と思われる。
当時は、唐三代の皇帝・高宗の后である則天武后が
賢い臣下を次々に排斥している時代であった。
父親がベトナムに流され、王勃もベトナムに向かう
途中で、船が沈没し、29才で死亡した。

九月九日 : 重陽の節句。高台に登って酒を飲み、
     災厄を除く風習がある。
望郷台 : 玄武山(蜀の東部)にある高台の名。
     玄=北(北の方にある)で、隋の蜀王秀が四川省
     成都城北の九清里(きゅうせいり)に築いたもの。 
他席他郷 : よその土地での宴席。          
送客杯 : 旅人を送る別離の杯。この時、旅に
     出たのは邵照鄰(しょうたいしん)だったらしい。   
已 厭 : もうあきあきしてしまった。
南 中 : 広く南方の地をさす。ここでは蜀地のこと。
 那  : どうして。疑問詞

     ★  ★  ★

中国では、
★ 奇数→陽、偶数→陰である。
★ 五節句、1月7日 人日(じんじつ)
     3月3日 上巳(じょうし)→桃の節句
     5月5日 端午(たんご) 
     7月7日 七夕
     9月9日 重陽(ちょうよう)→菊の節句
        厄除けのかわはじかみ(ぐみ)の実を
        髪に挿し、菊の花を浮かべた酒を飲む
   ・・・ とのことです。


   

    【 中国の絶句 】
   駱 賓王 の 『 易水送別 』






 詩吟もえ子

お稽古に参加して六年目です。
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