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白 居易 の 『 春 風 』

中国の絶句
09 /01 2017
続絶句編 250  
 2017年9月1日 続絶句編 147ページ

  春 風   白 居易
 一枝 先ず 発く 苑中の 梅
 桃 杏 桃梨 次第に 開く
 薺花 楡莢 深村の 裏 
 亦 道 春風 我が 為に 来ると


 しゅんぷう  はく きょい
いっし まず ひらく えんちゅうの うめ
おうきょう とうり しだいに ひらく
せいか ゆきょう しんそんの うち
また いう しゅんぷう わが ために きたると

◆テキストの通釈によると、
春風は、宮中の庭の一枝を最初に
開花させ、ゆすらうめ、あんず、
桃、梨と、だんだん花を開かせる。
一方、山里では、なずなの花を咲かせ、
にれのさやに吹きつける。
だから、こちらの方でも、我がために
吹いてくれたといって喜ぶのである

    ・・・とのことです。

先生のお話によると、    
白 居易(772~846)、字(あざな)、白楽天ともいう。
中唐の時代を代表する大詩人といえる。
李白が亡くなって10年後、杜甫が亡くなった翌年、
現在の河南省新鄭市に生まれた。
5〜6才で詩を作ることができた。
彼の家系は、名家ではなかったが、
安禄山の乱のあと、機会が開かれて
29才で科挙の進士科に合格し、
翰林学士や、左拾遺を歴任した。
このころ「新楽府」を多く制作する。
44才、武元衡の暗殺をめぐって、
江州(現江西省九江市)の司馬に左遷される。
その後、中央に戻れたものの、地方官を願い出て、
杭州・蘇州の刺史となり業績をあげた。
刑部侍郎、太子少傅となり、71才で
刑部尚書(大臣・司法長官)を辞して、74才で
自らの詩文集『白氏文集』75巻を完成させ、
翌年、75才で亡くなった。

白居易の詩はわかりやすく、日本には
白居易存命中の838年に“元白詩集”が、
844年には67巻本の『白氏文集』が伝来し、
平安時代以降の文学に多大な影響を与えた。

     ◆  ◆  ◆

 桜  : ゆすらうめ(山桜桃・梅桃などと書く)のこと。
   春、梅に似た白い小さな花をつける落葉低木。
   実は丸く、赤くて食べられる。
薺 花 : なずなのこと。道ばたなどに生えている野草で、
   春の七草の一つ。春、小さな白い花を開き、
   実の形が三味線のバチに似ているので、
   「三味線草」「ぺんぺんぐさ」とも言われる。
楡 莢 : 楡のさや。楡は山野に自生する落葉高木。
   材は、家具、建築用、街路樹にも用いられる
        ・・・とのことです。     





  【 中国の絶句 】
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