FC2ブログ

柳 宗元 の 『 江 雪 』

中国の絶句
09 /15 2017
続絶句編 250  
 2017年9月15日 続絶句編 149ページ

   江 雪   柳 宗元
 千山 鳥 飛ぶこと 絶え
 万径 人蹤 滅す
 孤舟 蓑笠の 翁 
 独り 釣る 寒江の 雪


 こうせつ  りゅう そうげん
せんざん とり とぶこと たえ
ばんけい じんしょう めっす
こしゅう さりゅうの おう
ひとり つる かんこうの ゆき

◆テキストの通釈によると、
多くの山々に、飛ぶ鳥の姿もなく、
道という道は雪に埋もれて、
人の足跡もなくなってしまった。
雪に閉ざされた中に、一艘の小舟を浮かべて、
蓑と笠をつけた老人が、寒々とした川で、
釣り糸を垂れている

    ・・・とのことです。

先生のお話によると、    
柳 宗元(773~819)、中唐の時代の文学者・政治家。
21才で進士に合格。劉 兎錫も同時に合格している。
その5年後には、科挙の博学宏詞科に合格。
警察官僚から行政監督官などを歴任し、
礼部侍郎に就任したが、宮廷内の権力争いに破れ、
33才で、湖南省・永州に司馬として左遷された。

8世紀末の唐は、宦官勢力を中心とする保守派に対して
王叔文を中心にして、若手の官僚8人が改革をめざした。
柳宗元は、盟友の劉禹錫とともに参加したが、敗北し、
亜熱帯の異郷の地で、10年間、留まることになった。
この詩『江雪』は、この孤独な心象風景を詠んでいる。
その後、中央に復帰するが、再び、柳州に左遷され、
この地にて47才で亡くなった。
政治家として不遇であったが、詩人としては
中唐を代表する詩人のひとりとなっている。

     ◆  ◆  ◆

江 雪 : 川の雪。
万 径 : 多くの小道。千山の対句。
人 蹤 : 人の足跡。
孤 舟 : 一艘の舟。
蓑 笠 : 蓑とかぶり笠。
寒 江 : 寒々とした冬の川
        ・・・とのことです。     

     ◆  ◆  ◆

★ 柳州に左遷されてからの柳宗元について
こちら から一部を転載させていただきました。

≪816年に長男が生まれ・・・刺史として・・・井戸を開鑿して住民の飲料水の不便を解消したりしています。ささやかではあっても実務に携わることによって、柳州が自分に与えられた生きる場所という諦念も生まれて来るのでした。故郷を思っても永州時代のような激しい心の葛藤は生じなくなるのでした・・・ 
817年、45才になった柳宗元は、盗賊を平定し、奴婢を解放し、寺を復興して孔廟を修理するなど刺史としての仕事に励んでいます。そこには住民の福祉に心を配る地方官の姿があります・・・ 
柳宗元はやがて現実を受け入れ、長安と断絶して生きる覚悟を固めていきます。たとえ柳州で生涯を終えることになっても、それを運命として受け入れようという思いを育ててゆくのです・・・柳宗元は城内の西北隅に黄甘の木二百本を植えました。・・・黄甘が大きく育ち、花が咲き、実がなるさまを想像します。どんな人がその実を摘むのかと問い、黄甘の木が林のようになるまでこのままここで生きていけるのなら、おいしい実で老後を養うことができるであろうと未来を楽しんでいます・・・柳宗元は・・・刺史として柳州の民を案じる気持ちが永く後世に残ることを期待しているのです。
柳宗元は、柳州四年の在任のあと、819年に任地で病没しました。劉禹錫と韓愈に遺書を残し、幼い子供
の行く末を頼み、劉禹錫には遺稿の編集を依頼したといいます・・・≫
    




  【 中国の絶句 】
 白 居易 の 『 村 夜 』







スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

 詩吟もえ子

お稽古に参加して七年目です。
皆さまもご一緒にいかがですか?