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頼 山陽 の 『舟大垣を発し桑名に赴く』

日本の絶句
09 /25 2017
絶句編テキスト

2017年9月25日 絶句編 48ページ  

   舟 大垣を発し 桑名に赴く    頼 山陽 
 蘇水 遥々 海に 入って 流る 
 櫓声 雁語 郷愁を 帯ぶ
 独り 天涯に 在って 年 暮れんと 欲す
 一篷の 風雪 濃州を 下る
   
 ふね おおがきをはっし くわなにおもむく   らい さんよう

そすい ようよう うみに いって ながる
ろせい がんご きょうしゅうを おぶ
ひとり てんがいに あって とし くれんと ほっす
いっぽうの ふうせつ のうしゅうを くだる


テキストの通釈によると、
見渡せば、木曽の大川は、はるかに遠く
海にまで流れ込んでいる。この風景の中を
自分は今、舟で下りつつあるが、時折
きしる櫓の音や、頭上を渡る雁の声が、
愁いを帯びて故郷を思い出させる。
今ひとり故郷を遠く離れたこの土地にあって、
今年もまた暮れようとしている。自分は
寂しい気持ちになって、降りしきる風雪の中を、
一隻の小舟に乗って濃州を下ってゆくのである

   ・・・とのことです。

先生のお話によると、
蘇 水 : 木曽川のこと。木曽川は岐蘇川とも書くので、
   中国風に『蘇水』という。   
櫓 声 : 櫓をこぐ音。
雁 語 : 雁の鳴く声。
天 涯 : きわめて遠い所。
   故郷を遠く離れた他国。
一 篷 : 一隻の船。『篷』は、竹や菅(すげ)・茅などを荒く編んで
   船、または車の上を覆うもの。転じて船の意。
濃 州 : 美濃の国。

頼 山陽(1781~1832)は34才の秋、父との関係修復に
尽力してくれた 菅 茶山に謝意を表わすため出発したが、
心のしこりが残っていたため、茶山の所に行くのを止め、
突然、気分転換のため、美濃・遠江・尾張・伊勢方面に
旅立った。そして、傷心した気持ちで、大垣から桑名に
船で向かった。菅 茶山が間を取り持ってくれて、山陽が
父に許された翌年、岐阜の大垣から、三重の桑名に
向かって下って行く、その時に作った詩である
        ・・・ とのことです。




    【 日本の絶句 】
   頼 山陽 の 『不識庵機山を撃つの図に題す』






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