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李 紳 の 『 農を 憫む 』

中国の絶句
10 /06 2017
続絶句編 250  
 2017年10月6日 続絶句編 151ページ

  農を 憫む   李 紳
 禾を 鋤いて 日 午に 当る
 汗は 滴る 禾下の 土
 誰か 知らん 盤中の 飧
 粒々 皆 辛苦なるを


 のうを あわれむ  り しん
かを すいて ひ ごに あたる
あせは したたる かかの つち
たれか しらん ばんちゅうの そん
りゅうりゅう みな しんくなるを

◆テキストの通釈によると、
稲の手入れをしていると、
真昼時の太陽が照りつける。
吹き出る汗は、稲の根元にしたたり落ちる。
(為政者の)誰が知っていよう、この鉢の中の
飯の一粒一粒がすべて、農民の労苦の
結晶から出来上がっていることを

    ・・・とのことです。

先生のお話によると、    
李紳(780~846)は、中唐から晩唐にかけての詩人。
江蘇省無錫の出身。31才で進士となる。
唐の皇帝・穆宗(ぼくそう)の翰林学士(秘書官)→
   中書舎人→讒言にあって地方官に左遷される。
武帝の時に許され、中書侍郎章事(宰相)→
   淮南(わいなん)節度使(知事)となり、75才没

 憫  : かわいそうに思う。
 禾  : 稲。もともとは穀物の総称だったが
   後に、稲のことになる。
 午  : 正午。
 盤  : 鉢。
 飧  : 食事。餐と同義。
粒 々 : 飯の一粒一粒。

★農を憫むには、≪その1≫≪その2≫があり、
 この漢詩は、≪その2≫である。
 宰相にあたる地位にまで上った高級官僚の立場
 でもある李紳が、農民の労苦・食物の大切さを
 訴えた教訓の詩で、『粒粒辛苦』という言葉の
 出典として有名な詩である
         ・・・とのことです。    


     ◆  ◆  ◆


★農を憫む≪その1≫は、こちら によると、

春に種(う)える一粒の粟
秋に収める万顆(ばんか)の子(み)
四海(しかい)閑田(かんでん)無きも
農夫なお餓死す

 春に一粒の粟を撒いておくと、
 秋には何万粒もの実がなる。
 そうして国中のどこにも遊ばせている田畑はないのだが
 それでもなお、農民は餓死しているのだ。


作者の李紳が描いているのは全て
農民の、想像を絶する労苦の実態である。
・・・春に一粒の種を植えれば、秋には何万粒も
収穫できる。しかも国中の農地でそうしている。
それでも農民が餓死するのはなぜか?

農民にのしかかる重税が背景にあることは確かであろう。
だが、それにも増して胸に迫るのは、
「農民が汗水たらして育てた一粒一粒の苦労を、
為政者の誰が知っているか」と
たたみかける詩人の気迫なのである。

作者は、科挙の最高クラスである進士に合格した、
国家の高級官僚である。その立場、つまり
為政者の立場で、この詩を詠むことは、
ある意味で大きな勇気がいる。それができるのは
唐という時代がもつ健康さであるとともに、
この詩人のなかに、中国伝統文化に根ざす
人道主義が正常に作用していたことを示すものだろう
      ・・・とのことです。




  【 中国の絶句 】
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