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安積 艮斎 の 『 春初感を書す 』

日本の絶句
11 /27 2017
絶句編テキスト

2017年11月27日 絶句編 55ページ  

   春初 感を 書す    安積 艮斎 
 野梅 渓柳 心と 違い
 強いて 朝衣を 把って 布衣に 換う
 銀燭 影 微かにして 春宴 散じ
 満城の 風雪 夜 深うして 帰る
   
 しゅんしょ かんを しょす   あさか ごんさい
やばい けいりゅう こころと たがい
しいて ちょういを とって ふいに こう
ぎんしょく かげ かすかにして しゅんえんに さんじ
まんじょうの ふうせつ よる ふこうして かえる


テキストの通釈によると、
野に咲く梅や、谷に枝垂れる柳を、気ままに
めでるとといった肩のこらない民間の生活を
終生楽しむつもりでいたのに、官命もだしがたく、
これまでの布衣を官服にかえ、出でて仕える身となった。
(これまったくわが平生の志とは異なるものである)
まことに官界とは窮屈なもので、殿上の明るく輝く
銀燭の灯も薄れ、恒例の春の宴も散じ、
城下の街に風雪の舞う中を、夜更けて
帰路につくとは、さてさて因果なことである

     ・・・とのことです。

先生のお話によると、
安積 艮斎(1791~1861)は、江戸時代末期の儒学者。
『安積』は地名で、『艮斎』は号、本名は、安藤重信。
父は、二本松藩にある安積国造(あさかくにつこ)神社の
55代宮司で、旧家の生まれの三男である。

17才で江戸に出て佐藤一斎、林述斎らに学ぶ。
24才、神田駿河台に私塾≪見山楼≫を開く。
53才、二本松藩校≪敬学館≫の教授
60才、昌平黌教授となり、やむなく?江戸に出て、
70才で亡くなる。

★ この詩は、晩年、故郷を離れて江戸の昌平黌教授
  となった時代に作られた。

朝 衣 : 朝廷で着る衣服。官吏の制服。
     幕府の役人の着る服。
布 衣 : 綿布でこしらえた着物。官位のないものが着る。
     ふだん着、平服。
銀 燭 : 銀の燭台に点した灯火。また明るい灯火。
春 宴 : 春または正月の宴会
          ・・・ とのことです。





    【 日本の絶句 】
   梁川星巌 の 『常盤孤を抱くの図に題す』






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