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楊 万里 の 『夏夜 涼を追う』

中国の絶句
02 /16 2018
続絶句編 250  
 2018年2月16日 続絶句編 167ページ

   夏夜 涼を 追う    楊 万里
 夜熱 依然として 午熱に 同じ
 門を 開いて 小立す 月明の 中
 竹 深く 樹 密にして 虫 鳴く処
 時に 微涼 有るも 是れ 風ならず


 かや りょうを おう     よう ばんり
やねつ いぜんとして ごねつに おなじ
もんを ひらいて しょうりつす げつめいの うち
たけ ふかく き みつにして むし なくところ
ときに びりょう あるも これ かぜならず

テキストの通釈によると、
夜になっても気温が下がらず、まだ
日中のような暑さだ。そこで、門を開けて、
月明かりのもとで、しばらく立って涼んでいた。
門前には竹がうっそうと生え、樹がぎっしりと
生い茂っている処で、虫のすだく声、
その時、涼しい風が吹いたようだ。
だが、これは風ではないのだ

    ・・・とのことです。

先生のお話によると、    
楊 万里(1127~1206)は、南宋時代の中国の学者・詩人。本名は誠斎。
南宋を代表する詩人
 ・范 成大(はん せいだい)
 ・陸 游(りくゆう)
 ・尤 袤(ゆうぼう) とともに四大家のひとり

吉州吉水県(江西省吉水県)の出身。
楊 万里が生まれた翌年、北宋(都・開封)が金によって亡び、
南に逃げて、南宋(都・杭州、古名・臨安)が起きる。
1154年、30才(27才との説もある)で進士となり、
臨安府教授、奉新県の知、国子博士、
漳州・常州の知などの役職を務めた。

この詩は、43才のとき、故郷(亜熱帯)で作った。
月明りの中で虫の声を聞いても涼しさは感じなかったが、
竹と樹木に覆われた暗闇の中で、虫たちのすだく声が
一瞬、風のように涼しかったという実感がこめられている。

追 涼 : 涼しさを求める。
午 熱 : 夏の昼間のやり切れない暑さ。
   正午前後の炎熱。
小 立 : しばらくの間、立ったままでいる。
       ・・・とのことです。  
   
              

こちら によると、
楊 万里は、詩人としても名声が高く、南宋の詩人としては陸游についで伝わる作が多い。陸游が晩年、韓侂冑に妥協したのに対し楊万里は節を曲げず、そのため「詩品の洗練されていることでは陸游がまさるが、人品を問うならば陸游は楊万里に遠くおよばない」と『四庫全書総目提要』は評している・・・とのことです。




     【 中国の絶句 】
  蘇 軾 の 『 中秋の月 』







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