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菅原 道真 の 『 九月十五夜 』

日本の律詩
06 /08 2018
九月 十五夜   菅原 道真

 黄萎の 顔色 白霜の 頭
 況んや 復 千余里外に 投ぜらるるをや
 昔は 栄華 簪組に 縛せられ
 今は 貶謫 草萊の 囚と 成る
 月光は 鏡に 似たるも 罪を 明かにする 無く
 風気は 刀の 如くなるも 愁いを 断たず
 見るに 随い 聞くに 随うて 皆 惨慄
 此の 秋は 独り 我が 身の 秋と 作る


 くがつ じゅうごや   すがわらの みちざね
こういの がんしょく はくそうの こうべ
いわんや また せんよりがいに とうぜらるるをや
むかしは えいが しんそに ばくせられ
いまは へんたく そうらいの しゅうと なる
げっこうは かがみに にたるも つみを あきらかにする なく
ふうきは かたなの ごとくなるも うれいを たたず
みるに したがい きくに したごうて みな さんりつ
この あきは ひとり わがみの あきと なる

先生のお話によると、
原題は、『 秋夜(九月十五夜)』である。
詩の意味は、
自分は身に覚えのない罪によって左遷され、
いっきに年老いて顔のつやもなくなり、髪も霜のように真っ白、
その上、都から千余里も離れた地に放逐されてしまった。

 黄萎=黄色に萎えしぼんだ木の葉の事。
     黄は、黄葉・黄落・凋落など、年老いて
     落ち目・黄昏。萎は萎縮の萎。
 白霜=白髪。
 
昔は栄華をきわめた高貴な地位にあって、
個人的に自由になる時間などなかったが、
今は理由もなしに、この草深い僻地に身を置かれ、
あり余る時間の中に、思うことは募っていくばかりである。

 簪組=簪は冠が落ちないようにとめておくピン(笄)
     組は冠につける紐(ひも)のことで、役人の象徴。
     役人・高官であることに束縛されていた。  
 貶謫=罪のため官位を下げられ遠ざけられること、左遷。
 莱 = アカザという雑草

月光は明るく鏡のように照り輝いているが、
私の無罪をはらしてくれることはない。自然の風気は、
全てのものを刀のように鋭く薙ぎ払うかのようであるが、
その風気も私の愁いを断ち切ってはくれない。

    (白楽天の詩からの形容)

見るもの、聞くものすべての風物が
みな、すさまじく身震いするほどである。
この秋は、愁いがわが身一身に集められたような
淋しい秋となった。

 惨慄=ひどく身震いするように恐ろしい
     
         ◆  ◆  ◆

道真が大宰府に流されたのが、延喜元年(901年)の一月で
この詩は、その年の九月に詠んだとされているが、それから
一年半後の延喜三年(903年)二月に、道真は亡くなっている
   ・・・ とのことです。


   

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