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伊藤 仁斎 の 『一乗寺に遊ぶ』

日本の律詩
06 /22 2018
一乗寺に遊ぶ   伊藤 仁斎

 秋色 蒼茫 翠微に 上り
 雲は 老樹に 交わり 雁 初めて 飛ぶ
 山園 柿 熟し 烏 銜んで 去り
 渓澗 蕈 稠く 人 負うて 帰る
 市 遠ければ 看ず 塵の 漠々たるを
 林 深ければ 只 見る 霧の 霏々たるを
 尋ねんと 欲す 他日 身を 棲ましむる 処
 比叡 山前 野水の 磯


 いちじょうじに あそぶ    いとう じんさい
しゅうしょく そうぼう すいびに のぼり
くもは ろうじゅに まじわり かり はじめて とぶ
さんえん かき じゅくし からす ふくんで さり
けいかん きのこ おおく ひと おうて かえる
まち とおければ みず ちりの ばくばくたるを
はやし ふかければ ただ みる きりの ひひたるを
たずねんと ほっす たじつ みを すましむる ところ
ひえい さんぜん やすいの いそ

先生のお話によると、
伊藤 仁斎(1627~1705)は、江戸時代の儒学者・思想家。
京都堀川町の材木商の家に生まれたが、家を継がないで
29才で隠棲、30代の頃、胸部疾患で闘病生活を送り、
その中、36才で家塾・古義堂を立ち上げた。
当時、儒学の中には朱子学・陽明学などいろいろな学派が
あったが、伊藤仁斎は、孔子や孟子の古典を直接に学んで
原点に戻るべきとする 古学派の代表的存在であった。
どの藩にも仕官せず、町の学者として最後まで通し、
79才で没し、その弟子は3000人を超えた。
40才を過ぎてから結婚、52才で妻に先立たれ、
その数年後に再婚した。仁斎の5人の男子は皆
すぐれた儒学者となった。

詩の意味は、
秋の気配は青々として広大で、瓜生山の中腹から
7~8合目位まで上って、さらに上を仰ぎ見ると、
雲は老樹にたれて、今年初めて雁が列をなして飛んでいく。

 一乘寺 = 京都市左京区一乗寺町
 瓜生山 = 一乘寺から目の前に見える山
 翠 微 = みどり(翠)が微かになってくる山の七・八合目付近

山間の家の近くには熟した柿がなっていて、
その柿を烏が口に銜えて飛び去っていく。
谷川近くでは、香りが漂ってくるほど沢山の蕈(しめじか?)が
生えているのか、人が採って背中の籠に入れて帰っていく。

 山 園 = 山の家の庭、または畑
 銜 = 口に含む、銜える
 溪 澗 = 谷川
 蕈 = 茸(きのこ)、湿地(しめじ)

町から遠く離れているので、馬車や人があげる
塵や埃もなく、清らかで美しく、清浄そのものであり、
林が深いため、ただ厚く漂っている霧だけが見える。
 
 漠 々 = 遠く果てしないさま
 霏 々 =  深く立ち込めているさま

将来、隠棲する地を探すとしたら、比叡山前、
一乗寺近く、野水の磯(河原)の辺りが良いかなと思う。

 尋ねんと欲す = もし聞かれたら、こう答える
    
         ◆  ◆  ◆

この詩は、伊藤仁斎が71才の時の作である
   ・・・ とのことです。


  【 感 想 】
当時の人たちの寿命などを考えると、仁斎が71才で
『 将来 隠棲するとしたら、このように自然豊かな地を
探したい』という気持ちになったことがすごいと思いました。





   
     【日本の律詩】

   石川 丈山 の 『 幽居 即事 』






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