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頼 山陽 の 『 静 御 前 』

日本の律詩
09 /07 2018
  静 御 前     頼 山陽

 工藤の 銅拍 秩父の 皷
 幕中 酒を 挙げて 汝の 舞を 観る
   しづやしづ 賎の苧環 くり返し
     昔を今に なすよしもがな

 一尺の 布 猶 縫うべし
 況んや 此の 繰車 百尺の 縷をや
   吉野山 峰の白雪 ふみわけて
     入りにし人の 跡ぞ恋しき

 回波 回さず 阿哥の 心
 南山の 雪 終古に 深し



  しずかごぜん      らい さんよう
くどうの どうひょう ちちぶの つづみ
ばくちゅう さけを あげて なんじの まいを みる
  しづやしづ しづのおだまき くりかえし
     むかしをいまに なすよしもがな

いっしゃくの ぬの なお ぬうべし
いわんや この そうしゃ ひゃくしゃくの いとをや
  よしのやま みねのしらゆき ふみわけて
     いりにしひとの あとぞこいしき

かいは かえさず あかの こころ
なんざんの ゆき とこしなえに ふかし


※ 青字の和歌は、静御前が頼朝の前で舞うときに
 詠った和歌で、頼 山陽の漢詩に加えてあります



先生のお話によると、
頼 山陽(1781~1832))については、
こちら でも ご覧いただけますが、
江戸時代後期の儒学者。大坂生まれだが、
父の転居により広島で育つ。その後、父・春水が
江戸に出たため、叔父の頼杏坪に学び、
17才で江戸に遊学、昌平黌で学ぶ。
20~24才までの4年間、自宅にて歴史と読書に専念、
著述に明け暮れ、『日本外史』の基礎を確立した。

31才、父の友人であった儒学者・菅茶山の廉塾の塾頭になる。
32才、京都に出て塾を開き、二度目の結婚(梨影)をする。
      (男子二人、頼 鴨厓、頼 三樹三郎)
46才、武家の時代史とも言える『日本外史』を完成させる。
51才ごろから健康を害し、容態が悪化する中でも著作に専念。
1832年、53才で死去した。

詩の意味は、
工藤祐経(すけつね)の銅拍と、秩父重忠(しげただ)の
皷に合わせて舞う 汝(静御前)の舞姿を、
幔幕(まんまく)の中で(頼朝が)酒を酌みながら観ている。

 静御前 = 義経の愛妾。京都の白拍子で、
   北条政子のたっての希望で舞うことになった
   義経は、頼朝に無断で天皇からの任官を受けたり
   したため、頼朝から追われる身となり、
   静御前も捕えられ、鎌倉に送られた
 工 藤 = 頼朝の家臣で工藤祐経
   後に、曽我兄弟のあだ討ちによって亡くなる
 銅 拍 = シンバルのような楽器、チャッパともいう
 秩 父 = 頼朝の家臣で畠山重忠のこと
   秩父出身だったので秩父重忠とも呼ばれた
   後に、北条の初代執権となる 時政に妬まれ、
   2代目執権 義時に殺された
  皷 = 当時は、銅拍と皷の伴奏で踊るのが普通だった
 幕 中 = 周りを幔幕で囲った中
  挙 = 傾けつつ
  観 = とくと観賞する

『しづや、しづ』と くり返し呼びながら別れた あの方。
(義経さまが栄えていた頃の)昔を、今に戻す方法が
 あったらいいのにな~!(でも、それも今は 叶わない)

 し づ = 静(自分)、賎しい(へり下っている)、
   倭文(神代の時代の織物、倭は古代の日本)をかけている
 苧 環 = 糸をつむぐ道具。中が空洞でそこから糸が出てくる
 な す = 生す、成す、為す
 よ し = 手段をあらわす助詞
 もがな = 願望の終助詞

一尺の布しかないとしても、なお衣に縫うことができるのに。
ましてや、あなた(頼朝)という 繰車(糸を繰り出す糸車)は
百尺もの縷をもお持ちなのに、なぜ義経をかばってくれないのか。
   (義経が一尺の布しか持っていないとしたら、
    頼朝は百尺もの布を持っているではないか)
 
 一尺布 = 中国・漢の3代目の皇帝・文帝(劉恒)は、
    弟の淮南王(劉安)が謀反を起こしたとして殺した。
    この時、兄弟の愛憎を風刺して、
      一尺の布でも縫うことができるのに・・・
      一碗の粟でも搗くことができるのに・・・
      それなのに兄弟二人が許し合えぬとは・・・
    という歌が流行った。この故事を引用している。  

吉野山の峰に降り積もった白雪を踏み分けて、どこまでも
奥深くに 入り行った あの人の跡がたまらなく恋しい。
いつまでも忘れることは出来ません。

 吉野山 = 女人禁制の山。義経がかくまわれていた
    吉野山から京都に下りてくる途中で
    静御前は、頼朝の追っ手に捕えられた

寄せてはまた返す波のようには、阿哥(頼朝)の心は
ついに返してくれず、南山の雪はますます深く降り積もり
(静御前)の義経を慕う気持ちは永遠に消えることはない。
 
 南 山 = 吉野山。京都から見ると南にある  
 阿 哥 = 阿は、阿兄、阿母など親しみをこめて呼ぶ
       哥は、訓読みで≪あに・うた≫となる
        
         ◆  ◆  ◆

ここで詠われている和歌は、静御前の作と言われているが、
伊勢物語に出てくる『いにしえの・・・』の本歌取りである
   ・・・ とのことです。


◆ 頼 山陽 の 絶句
   不識庵機山を撃つの図に題す
   楠公子に訣るるの図に題す    
   舟大垣を発し桑名に赴く   



     【日本の律詩】

   頼 山陽 の 『 述 懐 』






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