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徳川 景山 の 『 水戸 八景 』

日本の律詩
01 /18 2019
 水戸 八景    徳川 景山

雪時 嘗て 賞す 仙湖の 景
雨の 夜 更に 遊ぶ 青柳の 頭
山寺の 晩鐘 幽壑に 響き
太田の 落雁 芳洲を 渡る
花香 爛漫たり 岩船の 夕べ
月色 玲瓏たり 広浦の 秋
遙かに 望む 村松 青嵐の 後
水門の 帰帆 高楼に 映ず


  みと はっけい    とくがわ けいざん
せつじ かつて しょうす せんこの けい
あめの よる さらに あそぶ あおやぎの ほとり
やまでらの ばんしょう ゆうがくに ひびき
おおたの らくがん ほうしゅうを わたる
かこう らんまんたり いわふねの ゆうべ
げっしょく れいろうたり ひろうらの あき
はるかに のぞむ むらまつ せいらんの あと
みなとの きはん こうろうに えいず


先生のお話によると、
徳川 景山(1800~1860)は、幕末の水戸藩9代の藩主・斉昭、
号は景山、烈公とも呼ばれる。水戸藩は代々の勤王家。
3代藩主は、徳川家康の孫で、いわゆる黄門さま。
徳川14代将軍をめぐって井伊直弼と対立し、蟄居を
命じられたこともあったが、14代将軍・家茂のあと
斉昭(景山)の息子である慶喜が15代将軍となる。
43才で、藩校・弘道館を設立して、文武両道を奨励した。
1860(万延元年)、61才にて歿。

       ◆  ◆  ◆

  詩の意味は、
私はかつて、千波湖の雪景色を心から楽しんだこともあり、
雨の夜、さらに那珂川の河畔にいくたびか遊んだこともある。
いずれも格別な情趣に心地良く浸ったこともあった。

 仙 湖 = 仙波湖のこと。 
 青柳の頭 = 青柳町、那珂川の河畔

山寺の晩鐘が、奥深い静かな谷あいに響き渡り、
太田にある池や沼に舞い降りた雁が、
芳しい花の咲いた中州を渡っていく。
 
 山 寺 = 常陸太田市にある久昌寺(きゅうしょうじ)
 太 田 = 常陸太田市にある池や沼 
 落 雁 = 空から舞い降りる雁

花の香りに満ち溢れている岩船の夕暮れや、
月が冴え、麗しく輝いている広浦・涸沼の秋の風情。
 
 岩 船 = 大洗町
 広 浦 = 東茨城・涸沼(ひぬま)     
 
はるかに望まれる村松には青葉に風が
吹き渡り、一服の涼が感じられて美しく、
那珂湊に帰って来る舟の白帆が高楼に映えて見える。
これらのすべてが美しく、水戸の八景である。
 
 村 松 = 東海村辺りの松の林
 青 嵐 = 青葉に吹き渡る風
 水 門 = 港、那珂湊

    ・・・ とのことです。    (2019.1.19 記)




     【日本の律詩】
   安積 艮斎 の 『 墨水 秋夕 』 









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