FC2ブログ

孟 浩然 の 『 春 暁 』

中国の絶句
08 /17 2019
絶句編テキスト
2019年8月17日 絶句編 110ページ  

   春 暁      孟 浩然 
 春眠 暁を 覚えず
 処処 啼鳥を 聞く
 夜来 風雨の 声
 花 落つること 知んぬ 多少ぞ

   
 しゅんぎょう   もう こうねん
しゅんみん あかつきを おぼえず
しょしょ ていちょうを きく
やらい ふううの こえ
はな おつること しんぬ たしょうぞ

テキストの通釈によると、
春の眠りは心地良く、うつらうつらと
夜の明けたのも気づかずに寝ている。
外ではあちこちに鳥の鳴く声が聞こえる。
夕べは風雨の音がしていたが、
庭の花はどれほど散ったことやら
 
     ・・・とのことです。

先生のお話によると、
孟 浩然(689‐740)は、盛唐の詩人。
湖北省襄陽(じょうよう)の鹿門山(ろくもんざん)に隠棲。
各地を放浪したこともあった。40才頃、長安に出て、
仕官しようとしたが、科挙の試験に合格していないため
上級官僚にはなれず、下級の役職に就いたが長続きせず、
江南地区を放浪し、また鹿門山に戻り、隠棲する。

孟 浩然の詩には、山水・田園風景を詠ったものが多く
自然詩人して広く知られ、特に五言絶句が得意であった。
王維・李白・張九齢らとも親しく交流があり、李白の詩に
『黄鶴樓にて孟浩然の広陵に之を送る』という作品がある。

春 眠 : 春の心地良い眠り。
不暁覚 : 朝になったのに気がつかない。
処処 : あちらこちら。いたるところ。
啼 鳥 : 鳥の啼く声。
夜 来 : 昨夜。「来」は助字で、この場合意味がない。
知多少 : どれほどか分らない。「多少」にはいろいろの意味があるが、
   ここでは疑問詞。多いか少ないか、どれほど?の意になる。
   「知」は疑問詞の上につくと「不知」(知らず)の意になる。

     ★  ★  ★

★ この詩は、作者の満ち足りたのどかな生活が感じられ、
  春を象徴したものとして広く知られている。
  また、起承転結の模範ともされる詩である。
   ・・・ とのことです。



   

    【 中国の絶句 】
   王 之渙 の 『涼州詞』










スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

 詩吟もえ子

お稽古に参加して六年目です。
皆さまもご一緒にいかがですか?