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佐野竹之助 の 『 出郷の作 』

日本の絶句
07 /21 2018
絶句編テキスト
2018年7月21日 絶句編 88ページ  

   出郷の作     佐野竹之助 
 決然 国を 去って 天涯に 向う
 生別 又 兼ぬ 死別の 時
 弟妹は 知らず 阿兄の 志
 慇懃 袖を 牽いて 帰期を 問う
   
  しゅっきょうのさく   さの たけのすけ
けつぜん くにを さって てんがいに むこう
せいべつ また かぬ しべつの とき
ていまいは しらず あけいの こころざし
いんぎん そでを ひいて ききを とう

テキストの通釈によると、
(国家百年の計を誤る姦賊・井伊大老の暗殺を決行しようと)
断固心を決めて水戸の国を立ち去り、
遠い天の果ての江戸に向う。
(この度の企ては万が一成功しても生還は期しがたい)
今日、家族の者と生きながら別れるが、これがまた
死の別れを兼ね、今生の暇乞いとなるのである。
幼い弟や妹は、それとも知らず、ねんごろに袖を
ひっぱり「お兄さん、お帰りはいつですか」という
 
     ・・・とのことです。

先生のお話によると、
佐野 竹之助(1839~1860)は、幕末の水戸藩士。
水戸9代藩主・徳川斉昭の近侍。
名は光明。竹之助は通称。

1860(万延元)年、脱藩して桜田門外の変で
井伊直弼の襲撃に携わった桜田十八士の一人。
(薩摩藩士が一人居たので総勢十九名)
当日3月3日は雪が積もった。竹之助は重傷を負い、
老中・脇坂安宅の屋敷に自首し、血判を提出、
その日に死去した。享年22才。

この詩は、家族との生別が、そのまま
死別となるという断腸の思いを詠っている。

★ 安政5(1858)~安政6(1859)年にかけて行われた
大老井伊直弼らによる安政の大獄では100人以上もの
尊王攘夷の志士や一橋派の大名・公卿らが粛清された。

   ◆   ◆   ◆

決 然 : 断固心を決して。
天 涯 : はるかな彼方。天の果て。
   この詩では、死の世界、死を覚悟して。
阿 兄 : 兄さん。
   「阿」は相手を親しんでいう時の助辞。
慇 懃 : ねんごろに。
帰 期 : 帰る日の時期
     ・・・ とのことです。




     【 日本の絶句 】
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