FC2ブログ

新島 襄 の 『 寒 梅 』

日本の絶句
08 /08 2018
絶句編テキスト
2018年8月8日 絶句編 90ページ  

   寒 梅     新島 襄 
 庭上の 一寒梅
 笑って 風雪を 侵して 開く
 争わず 又 力めず
 自ら 百花の 魁を 占む
   
  かんばいく   にいじま じょう
ていじょうの いちかんばい 
わらって ふうせつを おかして ひらく
あらそわず また つとめず 
おのずから ひゃっかの さきがけを しむ

テキストの通釈によると、
庭さきの一本の早咲きの梅が、平気で風や雪にも
めげずに咲いたことだ。まるで微笑むかのようである。
一番咲きを競おうとしたのでもなく、無理に努力したのでもない。
自然にあらゆる花の魁となってしまったのである。
(まことに謙虚な姿である。人もこうありたいものだ)

  ★ 自然に : 決して無理をしないで。力まず先覚的な
    人物や指導者を、寒梅に例えて讃えている。 
     ・・・とのことです。

        ◆   ◆   ◆

先生のお話によると、
新島 襄(1843~1890)は、キリスト教の教育者である。
江戸の神田にあった上州安中藩江戸屋敷で生まれる。
幼名は七五三太(しめた)。のちに敬幹(けいかん)と改名。

1864年21才の時、函館港から密出国。上海で乗り換えた
船の船長から「ジョー」と呼ばれていたことから
帰国後は、「譲」のちに「襄」と名乗った。

1872(明治5)年、アメリカ訪問中の岩倉使節団と会い、
翌年1月にかけて、木戸孝允の通訳として使節団に参加。
ニューヨークからヨーロッパへ渡り、フランス、スイス、ドイツ、
ロシアを訪ね、ベルリンにて約7か月間滞在。

10年間の海外留学を経て、帰国し、故郷の上州安中にて
三週間滞在。この間にキリスト教について講演、30人ほどの
求道者があり、その後、安中教会の設立へとなる。

その後、京都にて親交のあった公家の屋敷(高松家別邸)を
借り、山本覚馬らの賛同を得て、同志社英学校を開校した。
当初、教員は2人、生徒は8人であったが、熊本の青年達
(熊本バンド)が入学してきた。この中に徳富蘆花などが居た。
翌年、山本覚馬の妹・八重と結婚。
同志社女学校(のちの同志社女子大学)を設立。

明治17(1884)年4月、2度目の海外渡航に出発する。
ドイツでは訪問先の家で幼少の息子ヘルマン・ヘッセと会っている。
同年8月、スイスのサンゴタール峠で心臓発作を起こして倒れ、
翌年12月に帰国した。

明治22(1889)年11月、同志社英学校を大学にするために
奔走していたが、心臓疾患のため群馬県の前橋で倒れ、
大磯にて療養するが回復せず、翌年1月、徳富蘇峰らに
遺言を託して、48才にて死去する。死因は急性腹膜炎。
最期の言葉は「狼狽するなかれ、グッドバイ、また会わん」
墓碑銘は、徳富蘇峰の依頼により勝海舟の筆による。
  

寒 梅 : 寒中に咲く梅。早咲きの梅。
庭 上 : 庭さき。
風 雪 : 森厳(きびしく、おごそか)なものとしてあげた。
 侵  : 忍びがたきを忍ぶ。
 力  : 力を尽くして行う。
 百  : あらゆる花。
 魁  : まっさき。
     ・・・ とのことです。


          ★  ★  ★


こちら に よると、
 妻の八重とは互いに尊重し合い、夫婦仲がとても良かった。男性と対等に生きられる自立した女性との結婚を望んでいた襄は、山本覚馬の家を訪ねたとき、井戸の上に渡した板の上で裁縫をする八重の姿を見て、その常識に拘らない姿勢が気に入って結婚を決意したという。八重は、その男勝りの性格で度々周囲と確執を生むが、襄はそれを優しく諌めながら見守っていた。アメリカの友人への手紙で「彼女は見た目は決して美しくはありません。ただ、生き方がハンサムなのです。私にはそれで十分です。」と綴っている・・・

 明治13年(1880年)4月13日、朝礼の際、自分の掌を杖で打ち、自らを罰して生徒に訓した。これは「自責の杖」事件と呼ばれる。徳富蘇峰は、この事件の責任を感じ卒業目前で同志社を中退したが、新島に対する敬愛の念は生涯変わらず、同志社大学設立運動の中心的な役割を果たした。
襄の臨終に八重とともに立ち会った徳富蘇峰は八重に「今後貴女を先生の形見として取り扱ひますから、貴女もその心持を以て私につきあつて下さい。」と述べ、貴族院議員の歳費は封を切らずに八重に贈り、八重が亡くなるまでその生活を支えた。

     ・・・とのことです。


★ また、こちら によると、
  未完に終わった新島の遺志は、教え子たちなどによって引き継がれ
 死後22年にしてようやく同志社大学が実現した・・・とのことです。






     【 日本の絶句 】
   高杉晋作 の 『 獄中の作 』








スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

 詩吟もえ子

お稽古に参加して七年目です。
皆さまもご一緒にいかがですか?