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賀 知章 の 『郷に回って偶書す』

中国の絶句
01 /11 2017
続絶句編 250  
 2017年1月6日 続絶句編 117ページ

   郷に回って 偶 書す       賀 知章
 少小 家を 離れ 老大にして 回る
 郷音 改まる 無きも 鬢毛 衰う 
 児童 相 見て 相 識らず 
 笑って 問う 客は 何れの 処より 来るかと

     きょうに かえって たまたま しょす       が ちしょう
     しょうしょう いえを はなれ ろうだいにして かえる    
     きょういん あらたまる なきも びんもう おとろう
     じどう あい みて あい しらず
     わらって とう きゃくは いずれの ところより きたるかと


テキストの通釈によると、
  若い時に故郷の家を離れ、年をとって帰って来た。
  お国なまりは一向に直らないが、鬢のあたりの毛は
  白くなったり、薄くなったりしてしまった。
  子供たちは、私と顔を見合わせても、互いに知らない。
  笑いながら、「お客さまは、どちらからお出でになりましたか」
  と、尋ねるのだった。


先生のお話 に よると、
  賀 知章 は、盛唐の詩人で、
  則天武后の時代に37才で進士に合格。
  玄宗皇帝の信任も篤かった。
  礼部侍郎(れいぶじろう・侍郎は次官)などを経て
  82才で秘書監にて退任したが、そのあと
  故郷である浙江省に帰り、作った詩で、
  2首連作の1作目である。
  86才で没した。  
  賀 知章は、43年間 役人生活をしたが、
  杜甫の『飲中八仙歌』のトップに
  出てくるほどの大酒飲みでもあった 
  ・・・とのことです。

★年若くして故郷を離れ、皇帝の近くで役人として過ごし、
 82才で故郷に帰ると、一族の子供たちが笑顔で迎えてくれる。
 当時の中国の地方での暮らしぶりの一端が見えるようです。
 もしかしたら、賀 知章は一族のために時々、
 仕送りでもしていたのかな~などとも思える
 絆のようなものが感じられる心温まる詩だと思いました。
  


  【 中国の絶句 】
 張 敬忠  『 辺 詞 』 


     










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