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崔 敏童 の 『城東の荘に宴す』

中国の絶句
02 /09 2017
続絶句編 250  
 2017年1月13日 続絶句編 118ページ

   城東の荘に宴す       崔 敏童
 一年 始めて 一年の 春 有り
 百歳 曽て 百歳の 人 無し 
 能く 花前に 向って 幾回か 酔わん 
 十千 酒を 沽うて 貧を 辞すること 莫かれ

     じょうとうの そうに えんす       さい びんどう
     いちねん はじめて いちねんの はる あり    
     ひゃくさい かつて ひゃくさいの ひと なし
     よく かぜんに むかって いくかいか よわん
     じっせん さけを こうて ひんを じすること なかれ


テキストの通釈によると、
  一年経てば、必ずその年の始めの春がやってくる。
  人の寿命は百歳というが、百歳生きるものは一人もいない。
  花に向かって、いったい一生に何度酔うことが出来るだろうか。
  今やその機会だ。一万銭を惜しまずに美酒を買って、快く飲もう。
  金が無いなどと言い訳するものではない。


先生のお話 に よると、
  崔 敏童 は、初唐から盛唐にかけての詩人で、
  生没年は不明で山東省出身ということが分っている。
  崔 敏童 の 従兄弟か兄弟にあたる 崔 恵童 が持つ別荘
  玉山草堂にて詠まれた詩である。
  城東荘の は町を意味し、この詩の場合、
  長安の町並の東にある別荘ということになる。
  玉山草堂と川をへだてて、王維の別荘・輞川荘があった。

  百歳 は、人の寿命の上限を言っているが、
  『文選』 古詩十九首の中にある
  生年百に満たざるに 常に千歳の憂いを懐く を もじっている。
  ・・・とのことです。

★十千、千銭の十倍である一万銭もの高額の美酒を買って飲もう
 金が無いなどと言い訳するものではない・・・などと、
 客である作者が言うのはどういうものかと思いましたが、
 この別荘の主である 崔 恵童 の、次回掲載作
『同前に和し奉る』 を見て、なるほど・・・と納得できました。
 
  

  【 中国の絶句 】
 賀 知章 の 『郷に回って偶書す』 






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