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王維 の 『雑 詩』

中国の絶句
02 /23 2017
続絶句編 250  
 2017年2月3日 続絶句編 121ページ

   雑 詩    王 維
 客 故郷より 来る
 応に 故郷の 事を 知るべし 
 来るの 日 綺窓の 前 
 寒梅 花を 著けしや 未だしや

    ざっし    おう い
     かく こきょうより きたる    
     まさに こきょうの ことを しるべし
     きたるの ひ きそうの まえ
     かんばい はなを つけしや いまだしや


テキストの通釈によると、
  あなたは、わたしの故郷からやって来られた。
  きっと、故郷の様子を知っているに違いない。
  あなたが故郷を立ったその時、わたしの妻の飾り窓の側の、
  寒梅は、もう花を付けていましたか、それともまだでしたか。


先生のお話によると、
  王維 の故郷は、山西省 太原(たいげん)である。
  この句は、三首連作の《その2》であり、
  《その1》と《その3》は、女性からの句という形をとっている。
  綺窓とは、綾絹などで飾ってある窓、妻の部屋を意味する。
  応(まさに) ○○ べし とは、当然 ○○ のはずだ という意味。

  王維は31才で妻を亡くし、初唐の宗之問から買い取った
  別荘・輞川荘で、隠棲していた時期があり、
  裴迪と唱和して『輞川20景』の詩を作っている
  ・・・とのことです。
  
★ 多方面での才能、容姿風貌、地位にも恵まれ、
足りないものは何もないと思われた 王維 ですが、
31才で妻を亡くし、61才で没するまで再婚はしなかった。
この句は、妻が亡くなる前の作でしょうか? それとも
亡くなったあと、仮想上に詠まれた句なのでしょうか?

恵まれた王維は幸せな生涯を送ったのかと思いましたが、
愛する妻を早くに亡くし、それからの30年余を
寂しさや、悲しみを抱きながら生きていたのでしょうか? 
そうだとすると、すべてに恵まれている人は、ごくごく
少数なのかもしれない・・・と考えてしまいました。



  【 中国の絶句 】
 王維 の 『九月九日山東の兄弟を憶う』 






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