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李 華 の 『春行して興を寄す』

中国の絶句
03 /24 2017
続絶句編 250  
 2017年3月24日 続絶句編 125ページ

  春行して興を寄す   李 華
 宜陽 城下 草 萋々 
 澗水 東に 流れて 復 西に 向う 
 芳樹 人 無く 花 自ら 落つ
 春山 一路 鳥 空しく 啼く

    しゅんこうして きょうを よす    り か
     ぎようじょうか くさ せいせい    
     かんすい ひがしに ながれて また にしに むこう
     ほうじゅ ひと なく はな おのずから おつ
     しゅんざん いちろ とり むなしく なく


テキストの通釈によると、
宜陽の町の郊外には、春の花が盛んに生い茂っている。
谷川の水は東に流れ、さらに西に向って流れている。
香しく咲いた花も、それを見る人はなく、
花はひとりでに散っていく。
春の山路には、鳥が空しくさえずっている。


先生のお話によると、
李華は、盛唐の詩人。 21才で進士に合格した。
剛直な人で、監察御史(役人を取り締まる官吏)となったが、
時の権力者・楊国忠に逆らったため右捕闕に左遷された。
(楊国忠は、楊貴妃の従兄弟に当たる)
安禄山の乱のとき、洛陽に住んでいた母を助けに行き
捕らえられたが、楊国忠に逆らった事が認められて、
安禄山により鳳閣舎人として取り立てられた。
このため中唐の時代になって、抗州に左遷された。
その後、節を全うする事が出来なかったのを恥じて
江南に引退し、農耕生活を送り、52才で没した。

宜陽城とは、洛陽(河南省)の西南、洛水のほとりにある。  
  城は、町のことを言う。

町は違って長安となるが、同じ時期に
安禄山の乱によって荒廃した春景色を
詠んだ漢詩に、杜甫の『春望』がある。
  ・・・とのことです。



  【 中国の絶句 】
 王 昌齢 の 『 閨 怨 』 








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