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菅原道真 の 『九月十日』 

日本の絶句
03 /29 2017
絶句編テキスト

2017年3月29日 絶句編 25ページ  

   九月十日    菅原道真
 
去年の 今夜 清涼に 侍ず
秋思の 詩篇 独り 断腸
恩賜の 御衣 今 此に 在り
捧持して 毎日 余香を 拝す
   
       くがつ とおか   すがわらのみちざね
     きょねんの こんや せいりょうに じす
     しゅうしの しへん ひとり だんちょう
     おんしの ぎょい いま ここに あり 
     ほうじして まいにち よこうを はいす


テキストの通釈によると、
思い起こせば、ちょうど去年の今夜は清涼殿で御宴に
侍っており、他の臣たちとともに「秋思」の勅題を奉じて
詩を作ったが、その折り心に憤り悲しむ事があったせいか、
自分の詩だけが腸もちぎれんばかり悲しい思いに満ちていた。
その詩が思いがけなく陛下の御感にあずかり、
お召しの御衣を手ずから賜った。その御衣は
今ここにあり、日ごとに捧げたてまつって移り香を拝し、
ひたすら天恩の厚きに感じ入っているのである。


先生のお話によると、
菅原道真(845~903)は平安時代初期の
学者・詩人であり、政治家でもある。
讃岐守だった道真は、宇多天皇(59代)に
宮中に呼ばれ、抜擢された。
宇多天皇が醍醐天皇に譲位した折、
菅原道真が右大臣、藤原時平が左大臣となり
13才であった醍醐天皇(60代)の後見役となった。
菅原道真が55才、藤原時平が27才であった。

醍醐天皇の後見人・右大臣であった
昌泰3(900)年9月9日 重陽の節句の翌日
天皇の住まい清涼殿にて詩会があった。
王維の詩 に出てくる 重陽の節句
祝い方とは違うが、この日の詩会での
勅題は《秋思》で、道真の律詩が
天皇に認められ、御衣を賜った。
道真は天皇の後見人とはなっていたが、
自分を取り巻く不穏な動きを察知し、
孤立無縁、不安な気持ちを抱えていて、
寂しい心持ちが詩に反映されていたと思われる。

その後、道真の娘婿が醍醐天皇の弟で、
天皇の地位を狙っているとの讒言がなされ、
大宰府に左遷され、2年後、59才で亡くなった。

道真が亡くなった後、京都に雷が落ちて火災になったり、
地震などの災害が相次ぎ、道真の祟りであろうと考えられ
京都北野に霊を祀る祠が建てられ北野天満宮となった
   ・・・とのことです。

            

こちら に、道真が詩会で作った『愁思』が載っています。

こちらは大宰府天満宮のHPで『道真公のご生涯』が載っています。

こちらによると、
・・・大宰府での生活は厳しいもので、「大宰員外帥」と呼ばれる名ばかりの役職に就けられ、大宰府の人員として数えられず、大宰府本庁にも入られず、給与はもちろん従者も与えられなかった。住居として宛がわれたのは、大宰府政庁南の、荒れ放題で放置されていた廃屋(榎社)で、侘しい暮らしを強いられていたという。また、時平の差し向けた刺客が道真を狙って謫居周辺を絶えず徘徊していたという。
謫居には、左遷時に別れをあまりにも悲しみ慕われたため仕方なく連れてきた姉紅姫、弟隈麿幼い2人の子供がいた。『菅家後集』「慰少男女詩」で親子で励ましあって一緒に生活していたことが綴られている。・・・しかし、902年秋頃に弟の隈麿が他界、数か月後に左遷時に病床にあった妻も他界し、その10日後に道真も他界した。残された紅姫は、亡き父から託された密書を四国にいる長兄菅原高視に届けるために密かに大宰府をたった。藤原氏の追手が迫る中、若杉山麓に身を潜め、山上の若杉太祖神社に守護を祈願したが、いつしか刺客にみつかり、篠栗の地で非業の最期を遂げたという。現在は、紅姫稲荷神社に紅姫天王という稲荷神として祀られている・・・とのこと。

こちら には、菅原道真の《祟り》について詳しく載っています。

★私は、菅原道真のことをあまり知りませんでしたが、
大宰府に左遷されたということなので、
もう少し風流な暮らしをしていると思っていましたが、
衣食住にも困る生活で、刺客も送り込まれていたようで
ほとんど飢え死に近かったのかな~と思えてきました。
道真は政治から離れて学者として生きていきたいという
気持ちを、宇多天皇に伝えていたが許されなかったとの
記述もありました。もしかして、藤原氏を牽制するために
宇多天皇に利用された? そんな風にも思えてきます。
大宰府に左遷されるのを知って、醍醐天皇に会いに
行ったものの制せられて会えなかったとのこと。でも
上皇の立場としてなら大宰府での道真の暮らしを
少しは影で支えることも出来たのではないのかな~と
思ったりもしましたが無理なことだったのでしょうか。
1000年以上も前のことですから分りませんよね。



  【 日本の絶句 】
 嵯峨天皇の 『山の夜』


 








 
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