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寂室元光 の 『寒夜の即事』

日本の絶句
03 /29 2017
絶句編テキスト

2017年3月29日 絶句編 26ページ  

   寒夜の即事    寂室元光
 
風は 寒林を 攪して 霜月 明らかなり
客 来って 清話し 三更を 過ぐ 
炉辺に 筋を 閣いて 芋を 煨くを 忘れ
靜かに 聴けば 窓を 敲く 葉雨の 声
   
       かんやのそくじ   じゃくしつげんこう
     かぜは かんりんを みだして そうげつ あきらかなり
     かく きたって せいわし さんこうを すぐ
     ろへんに はしを おいて いもを やくを わすれ 
     しずかに きけば まどを たたく よううの こえ


テキストの通釈によると、
時折、風がざわざわと冬枯れの林の枝を鳴らして過ぎ、
霜の白く降りた晩なので、ことに月の光は冴え冴えとしている。
このような山寺にも人の訪れることがあって、
浮世ばなれをした話に時の移るのを忘れ、
気がつけば、もうとうに夜半すぎ。
さすがに腹も空き、寒さも増してきた事ゆえ、
熱い焼き芋(里芋)でもと思ったが、
おやまた誰か来たらしく、戸をほとほとと叩く音。
今時分また誰が来たのだろうかといぶかり、
炉端に火箸を置いて、しばし耳を澄ませば、なんと、
それは雨の様に降り注ぐ落葉の音であった。


先生のお話によると、
寂室元光(1290~1367)は、鎌倉時代後期から
南北朝時代にかけての臨済宗の僧。
岡山県美作高田の出身。俗姓は藤原氏。
5才で経典を暗唱し、13才で出家。
1320年、31才で中国(元)に渡り、
37才で帰国し、諸国を説法しながら行脚したが、
1361年、72才で臨済宗永源寺(近江)開山。
78才で亡くなられた・・・とのことです。

            

こちら によると、中国の元で
天目山の中峰明本から寂室の道号を与えられ、
師・中峰の隠遁的な禅を受け継ぎ、
世俗から離れ、生涯黒衣の平僧として過ごした。
時の天皇や室町幕府から京都天龍寺・
鎌倉建長寺などへ拝請されたが、
受けることなく永源寺に隠棲した・・・ とのこと。

永源寺 について

寂室元光禅師について によると、
権門に属さず、天目山中深く隠棲して俗塵を遠ざけ、
ひたすら僧とはどうあるべきかを問い続けられる
中峰明本禅師の禅風は、寂室禅師に大きな影響を与えた
・・・72歳のとき、永源寺に入寺、開山されました。
永源寺の深山と幽渓がかつての天目山を思い起こさせ、
禅師にこの地に留まる決心をさせた・・・とのことです。



  【 日本の絶句 】
 菅原道真 『九月十日』


 








 
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