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李 白 の 『 洞庭湖に遊ぶ 』

中国の絶句
05 /12 2017
続絶句編 250  
 2017年5月12日 続絶句編 132ページ

  洞庭湖に遊ぶ   李 白
 洞庭 西に 望めば 楚江 分かる 
 水 尽きて 南天 雲を 見ず
 日 落ちて 長沙 秋色 遠し
 知らず 何れの 処にか 湘君を 弔わん

    どうていこに あそぶ
    り はく
     どうてい にしに のぞめば そこう わかる
     みず つきて なんてん くもを みず
     ひ おちて ちょうさ しゅうしょく とおし
     しらず いずれの ところにか しょうくんを とむらわん


テキストの通釈によると、
楚江に舟を浮かべて、遥か西方の
洞庭湖を眺めると、楚江の流れと
洞庭湖の水がはっきりと区別されている。
さらに、南の湖に目をやると、一点の雲も見えない。
日は落ちて、秋色は長沙のあたりを染め、
蒼茫と暮れてゆく。
どこで湘君の霊を弔ったらよいのだろうか。


先生のお話によると、
洞庭湖は、湖南省にあり、当時は中国一の湖であった。
       今は狭められて面積が減り、
       淡水湖としては鄱陽湖に次ぐ。
楚江は、このあたりを流れる長江のこと。
長沙は、洞庭湖の南にある町。今の湖南省の省都。
湘君 : 伝説によれば、舜帝の二妃・娥皇(姉)と女英(妹)は、
     舜が南方への巡視中に蒼梧の野で死んだのを悲しみ、
     湘江に投身して湖水の神となった、と。
     祠は洞庭湖中の君山にある。

玄宗皇帝の第16子である永王璘に誘われて、
安録山の乱では李白も戦いに参加した。
ところが、永王璘が粛宗に謀反を起こして、負け、
李白も獄に入り、貴州省の夜郎(やろう)に流された。
けれども、恩赦にあって許され、三峡のあたりから
引き返して、洞庭湖に遊んで、五首を作った。
この詩は、五首連作の《その1》で、58才の時。
李白は62才で没したので、晩年の作と言える
     ・・・とのことです。




  【 中国の絶句 】
 李 白 の 『自ら遣る 』 







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