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徳川光圀 の 『日本刀を詠ず』

日本の絶句
06 /26 2017
絶句編テキスト

2017年6月26日 絶句編 35ページ  

   日本刀を 詠ず    徳川 光圀
 
蒼竜 猶お 未だ 雲霄に 昇らず
潜んで 神州 剣客の 腰に 在り  
髯慮 鏖にせんと 欲す 策 無きに 非ず
容易に 汚す 勿れ 日本刀 
   
         にっぽんとうを えいず   とくがわ みつくに
     そうりゅう なお いまだ うんしょうに のぼらず
     ひそんで しんしゅう けんかくの こしに あり
     ぜんりょ みなごろしにせんと ほっす さく なきに あらず
     よういに けがす なかれ にっぽんとう


テキストの通釈によると、
わが国の海辺を侵して通商を迫る外国船の振舞いは、
目に余るものがある。
しかしながら、これを討つには、いまだ時期尚早である。
今は竜が深い淵にひそんで、まだ天上に登る時ではない。
神州剣士の腰にさす日本刀こそ、隠忍自重の姿である。
かの外敵を皆殺しにする方策は、決してないわけではない。
この腰間の日本刀が鞘ばしった時こそ、竜が雲を呼んで
大空に上る時で、その機の熟するを待つべきであり、
滅多なことではこの神聖な刃は汚すべきではない。


先生のお話によると、
徳川光圀(1628~1701)は徳川家康の孫で、水戸3代藩主。
1657年、『大日本史』を編纂した。
この中で、楠 正成を天皇の忠臣とし、
後に湊川に楠公の碑を建てた。
水戸8代藩主 徳川斉昭が水戸に弘道館を作った。

徳川幕府の将軍は、7代までは本家が継承。
8代将軍の吉宗から14代まで紀伊家から出た。
14代を紀伊家と水戸家とで争い、
15代の慶喜は水戸家から出て、大政奉還となった。

            

蒼 竜 : 名刀を竜にたとえた語。青竜に同じ。
 ◆陰陽五行説で、森羅万象すべてが成り立っている。
   月 日 木 火 金 水 土
   春 夏 秋 冬 土曜    ・・・ 季節
   東 南 西 北 中央    ・・・ 方位
   青 赤 白 黒 黄     ・・・ 色
   竜 酉 寅 亀      ・・・ 動物
  これらの組合せで、例えば
  東風は春、西風・金風は秋、
  青春・白秋・白虎隊・朱雀(南を守る)門・
  玄武(北を守る)門 ・・・ などとなる。

雲 霄 : 天空。

髯 慮 : ひげ深い外国人。慮は蛮族を卑しめていう語。
       通商を迫るイギリスなどの国の人をさす。





    【 日本の絶句 】
   山崎 闇斎 の 『 感 有り 』






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