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杜甫 の 『江畔独歩花を尋ぬ』

中国の絶句
07 /07 2017
続絶句編 250  
 2017年7月7日 続絶句編 139ページ

   江畔 独歩 花を 尋ぬ   杜 甫
 黄四娘の 家 花 蹊に 満ち  
 千朶 万朶 枝を 圧して 低る
 留連せる 戯蝶は 時次に 舞い
 自在の 嬌鴬は 恰々として 啼く 

  こうはん どっぽ はなを たずぬ
  と ほ
こうしじょうの いえ はな けいに みち
せんだ ばんだ えだを あっして たる
りゅうれんせる ぎちょうは じじに まい
じざいの きょうおうは こうこうとして なく


テキストの通釈によると、
黄四娘の家では、花が小道に咲き満ちている。
枝が枝を押しつけるように重なって垂れている。
いつまでも去らずに花に戯れている蝶は、時々舞い上がり、
自由自在に啼く、愛らしい鴬は、コウコウと啼きたてている。


先生のお話によると、
杜甫が、49才~54才、生涯でいちばん安定したと
思われる暮らしの中で作っていて穏やかな詩になっている。
絶句7首連作のうち第6首である。

江 畔 : 浣花蹊のほとり。
黄 四 娘 : 草堂の近くの村のお婆さんの名。≪娘≫は、
   若い人ではなく、年配の女性・お婆さんの呼称。
   排行(女)で、黄さんの四番目ということ。
 蹊  : こみち。
 朶  : 花のついた小枝。
低 る : 垂れる。低落→下落。
留 連 : そこに続けている。
恰 々 : 鳥の啼き声。
     ・・・とのことです。

     ◆  ◆  ◆
   
こちら によると、
杜甫の詩には、社会や政治の矛盾を取り上げたものも多く、
李白の詩とは対照的な詩風を生み出している。
安禄山の乱前後、政治の腐敗や戦乱の様子を
悲痛な調子で詳細に綴った内容のものが多く、
比較的、穏やかに過ごせた成都時代では、
それまでの悲しみや絶望感に満ちた詩にかわって、
自然に対する穏やかな思いを詠んだ詩が多く作られている
     ・・・とのことです。
      



  【 中国の絶句 】
 杜甫の 『絶句(両箇の黄鸝)』 







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