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服部南郭 の 『夜墨水を下る』

日本の絶句
07 /17 2017
絶句編テキスト

2017年7月17日 絶句編 39ページ  

    夜 墨水を 下る    服部 南郭 
 金竜山畔 江月 浮ぶ
 江 揺ぎ 月 湧いて 金竜 流る
 扁舟 住まらず 天 水の 如し
 両岸の 秋風 二州を 下る
   
     よる ぼくすいを くだる   はっとり なんかく
   きんりゅうさんぱん こうげつ うかぶ
   こう ゆらぎ つき わいて きんりゅう ながる
   へんしゅう とどまらず てん みずの ごとし
   りょうがんの しゅうふう にしゅうを くだる


テキストの通釈によると、
浅草待乳山のほとりの隅田川には、折しも
澄み渡った月影がいともあざやかに浮かび、
川の流れが揺らぐにつれ、月光が湧き出て、
あたかも竜が流れているようである。
自分を乗せた小舟は、ただ一色、
空や水ともわからぬ水路を、
両岸から吹く風に送られて
止まるところを知らずに流れ下って行く。


先生のお話によると、
服部 南郭(1683~1759)は、江戸時代中期の儒学者。
本名は元喬、南郭は号。享年77才。
画家でもあり、荻生徂徠の高弟として知られる。

京都の裕福な町人の次男として生まれ、
13歳の時、父を亡くすと縁故を頼りに江戸に下る。
16才の頃、甲府藩主 柳沢吉保に認められて、
18年間仕えた。同じく、柳沢家に仕えていた
荻生徂徠に学ぶ。柳沢吉保が死去した後、
南郭は不忍池の畔に移り、私塾・芙蕖館を開いた。

南郭は温順な性格であり、高野蘭亭は、
南郭が人と争うことを見たことがなく、
人の悪口を言ったことがない、と伝えている。

            

墨 水 : 墨(隅)田川。
金 竜 山 : 浅草寺の東北の隅田河畔にある
   待乳山まつちやまの異称で聖天しょうてんを祀る。
   もと、この辺は海で、観音が海中から出現したが、
   その前に、この山が一夜のうちに湧出したと伝えられる。
   それで金竜山は浅草寺の山号にもなっている。
江 月 : 江上を照らす月。
扁 舟 : 小舟。
 住  : 止まる。
二 州 : 武蔵・下総の二国。 

◆ 墨水三絶
 早に深川を発す     平野 金華
 夜墨水を下る      服部 南郭
 月夜三叉口に舟を泛ぶ  高野 蘭亭  
   ※ 三人共、荻生徂徠の門弟である
    ・・・ということです。




    【 日本の絶句 】
   太宰春台 の 『稲叢懐古』






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